一体いつになったら幸せに?

26.幸せになるために

幸せになるために バシャール   to be Happy, Bashar

 

幸せになるために

 

創造の4法則は、物質世界での経験は鏡に過ぎない事が分かる種子を携えています。文字通り、物質世界は何も無いのです。物が無い。何も無い。鏡に例えて説明します。

 

鏡に映った皆さんの顔は、実際には鏡の中に存在している訳ではありませんね。鏡は顔を照らした全ての光を反射しているのです。ですからその反射を見る事が出来、鏡の中には何も無いのです。何も無いんです。鏡は中身が何も無い、完璧な反射物なんです。光を溜め込む事も無く、全て皆さんに返すのです。こうして反射を見るのです。そして物質世界は文字通り鏡なんです。より複雑でホログラフィックで多次元の鏡です。ですから皆さん自身が映し出されていても、必ずしも分かる訳では無いのです。

 

でも、鏡なんです。鏡の中の全ての映像は、皆さんの姿なのです。文字通り、全ての『物・人・場所・事柄・状況・環境・瞬間・空間』は、皆さんの反映なのです。皆さんがある瞬間に、ある特定の見地から表現する事を選んだ皆さん自身の姿なのです。分かりますか?

 

真実の物理法則ではありますが、必ずしも万人に同じものを見せる反映では無い事が理解出来るでしょう。でも皆さんが経験しているという事実は、皆さんには何かしらやる事があり、反映からいつも何かしら学ぶ事が出来ます。

 

というのは、常に反映なのですから、皆さん自身が人生を引き起こしているのを理解し始めれば、リアリティを鏡として使って、経験している反映が望むものなのかを確かめるチャンスがあるのです。

 

もし、好きではないリアリティなら、ちょっと言っておきますがネガティブに裁くのではありませんよ。「こんなリアリティを映し出している自分はダメだ」とか、「好きではない」というのは、ただ自分の波動に沿っていないという事を観察しただけです。ネガティブな裁きと好みとは違います。皆さんがする『定義』に気を付けて下さい。

 

もし、好きな反映でないのなら、違った反映を受け取る為に皆さんが送り出すものを変えればいい事が分かり、何時でもその選択が可能なのを知る事が出来ます。この点においては、皆さんは物質世界で自分自身をどう経験するかという自由意思があるのです。

 

鏡の例えに戻ります。もし鏡の中にしかめっ面をしている自分の顔を見た時、鏡に向かって「私は宣言する。私は微笑むし、幸せでいよう。でもその前に鏡よ、先に微笑んでくれ。そうじゃないと私は微笑まない。」誰がこの争いに勝てると思いますか?本当の事です。鏡は先に笑えません。鏡の中に微笑みを見たいのならまず先に、皆さんが微笑む必要があります。そうでなければ鏡の中に微笑みはずっと無いでしょう。

 

物質次元のリアリティにも同じ事が言えますし、更に気付く事があります。それは皆さんが教えられてきた事、条件付けられてきた事にずっと拘(こだわ)っているのです。つまり起こった出来事によって自分の振る舞いを決めているのです。「〜であれば私は幸せです。」、「〜な時であれば私は幸せです。条件を取り下げる事は1秒だってしません。」、「〜が起きれば私は幸せです。」、「私の為にあなたがこれをしてくれれば幸せになります。」

 

どこかで聞いた事がありませんか?頻繁に。先の法則が理解出来れば大切なのは「私は幸せでいよう。私がそうである事を望むから。」と言える事なのです。皆さんが幸せな時は、幸せでいる事を望んでいるからなのです。今話しているのは本当の幸せの波動の事です。振りをしていたり、覆い隠したりするのではありません。「そう、幸せですよ。とっても。」

 

統合する為に感じたり、直面したり、経験したりする事が必要なのに、目を背けて幸せだと言っている事ではありません。そんな逃避ではないんです。歓喜と幸せの波動でいる事です。

 

皆さんがこの波動でいる時、創造の第3法則では、「送り出すものが受け取るものである」皆さんがエクスタシーの波動であれば、すぐにその波動に呼応して、リアリティを返して来ます。物理次元の反映は、選択の余地が無いのです。何故なら宇宙の反映する鏡は、それ自身の考える頭を持っていないからです。皆さんに抗(あらが)う事は出来ません。言い争う事もしません。

 

「あなたが幸せなのは分かりました。でもあなたには幸せの反映は返しません。」こんな事は有り得ません。中身は何も無いんです。全く。ただ皆さんが送り出したものの反映なのです。本当にそうなんです。ですから皆さんが幸せの波動でいる時、経験的に分かるでしょう。幸せの波動になればなる程、その反映を得るでしょう。そのリアリティを受け取るでしょう。

 

ですが注意して下さい。契約書で言うような「付帯事項(ふたいじこう=補足・追加の事)」があります。多くの皆さんが罠にかかり、面倒な事になっているのを見ています。皆さんは自分では上手く出来ていると思っていても、まだ幸せに条件を付けているのです。

 

「そう分かった。幸せになる!もし私が幸せなら、幸せなリアリティが手に入る事を知ったから。そして私の欲しい物が手に入る。私の切望するものが手に入る。」

 

もし・・・そうであれば〜。
もし・・・そうしたら〜。

 

まだ皆さんの外側の出来事に条件を付けています。外はありません。ですから、上手く実践するにはこの事を理解しなければなりません。

 

幸せの反映を受け取る為には、どんな反映を受け取るかという期待も無く、ただ幸せでいなければなりません。これで上手く行きます。リアリティを努力が不要なものに、完璧に、無限に広がり、純粋に、優雅に、美しく、壮厳にします。

 

この事を充分理解すれば、何が返って来るかさえ、考えなくていいのです。幸せな時には他に何も起こり得ない事を当然の事として知り得て、『無限なるもの』に自然と感謝している事に気付きます。

 

でも、繰り返しますが、皆さんの受け取る幸せに制限を付けなくていいのです。「幸せでいるつもりです。望むものをもたらしてくれるから。」と。皆さんは何の期待も無く、ただ幸せで居なければなりません。つまり全くのゼロ、ゼロです。

 

というのは、ゼロは全ての中心、何も無い地点です。ここが本来皆さんが存在する場所、つまり時間と空間を超えた真実の知られざるものなのです。

 

26.幸せになるために(完)

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